B20時ちょうどの「のぞみ」に乗って

2009年(平成21年)最後の旅行は、地元・佐賀への帰省になりました。

2010年(平成22年)1月5日(火)

 1月6日から早くも大学の授業が始まるので、佐賀滞在はこの日が最後。当初、帰りはまた1日かけて京都へ戻る予定だったが、新幹線代を出してもらえることになり、最終の「のぞみ」で帰ることにした。帰省ラッシュを考慮して、念のため指定を取った。

 前夜から続いたカラオケで、昼間はずっと寝た。15時くらいに起き、少し自転車で佐賀の街を走ってみた。数年前の火災で多くの店舗が焼けた中心商店街を通った。まだ完全に復興しておらず、空き地が目立った。マンションは周辺に次々に立ち、中心部人口はさほど減っていないはずだが、なかなか都心回帰にはつながっていないようだ。

 自宅に帰って、出発の準備を始めた。荷物が多くなりそうだったので、一部は段ボールに詰めて宅配便で送ってもらうことにした。夕食を食べ、18:40頃出発。佐賀駅までは父に送ってもらった。

 佐賀駅南口のロータリーでは、グリコの看板が光っていた。前は、佐賀玉屋の近くにあったような気がするのだが……。

 19:17発の783系特急「かもめ40号」「みどり26号」「ハウステンボス26号」に乗車。こちらも指定席を取ったのだが、自由席も案外空いており、指定を取るまでもなかったかなぁと悔やんだ。

 博多駅に到着する前、新幹線回送線(博多南線)をN700系が並走していた。おそらく、博多駅で乗り継ぐ「のぞみ98号」だろう。

 博多駅には19:53に到着し、新幹線乗り場へ急いだ。博多20:00発の「のぞみ98号」名古屋行きは、やはりさっきのN700系だった。博多から京都まで直通する新幹線は、これが最終便である。

 発車してすぐ、「AMBITIOUS JAPAN」のメロディが流れた。ということは、JR東海所属車である。乗車率は30%くらいで、空席が目立った。遅めの新幹線ということもあるし、こんなものだろう。

 途中、小倉駅のみに停まり、広島駅には21:02に到着。お客さんが次々に乗ってきたが、それでも乗車率50%くらいしかならなかった。21:26、福山駅に到着。ここでの乗降客は少なかった(写真は福山駅)。

 21:43、岡山駅に到着。深夜の時間帯に近づいていたが、名古屋行き最終便ということもあり、乗車率は60%くらいになった。しかし、新神戸、新大阪で一気に乗客が降り、車内は静かになった。そして、22:44に京都駅到着。ここでも多くの乗客が降りた。

 降りてすぐ、フルカラーLEDを撮影。視認性は、従来のLED表示や方向幕に比べるとはるかに高い。乗降が終わると、「のぞみ98号」は闇の中へ吸い込まれるように走り去って行った。  

 乗り換え口で在来線側へ移動し、山陰本線(嵯峨野山陰線)ホームへ。23:01発の園部行きは、221系。深夜なのに長編成だったので、余裕で座ることができた。

 花園駅には、23:14に到着した。自宅に着いたのは、23:30を回っていた。往路で14時間かけたのに、帰りはわずか4時間。あっという間に着いてしまった。

     次に帰省するのは、春休みになるだろう。しかし、その前には後期試験が……。次の帰省までに、ひと山もふた山も乗り越えなければならない。(おわり)

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