A凱旋

2008年(平成20年)4月27日に、1日限りの復活を果たした「なは・あかつき」の撮影に行きました。

 一通り撮り終えたところで、駅を出て、別の場所で撮影することにした。駅前では、地元の人たちが食べ物を販売していた。町内を歩くこと15分。豊後森―北山田間にある陸橋のところまで来た。陸橋では、ちょうどJNN(TBS系)のクルーがカメラを構えていた。遠くで汽笛が鳴って間もなく、門司港行きの列車がゆっくりとこちらに向かってきた。そして、陸橋を通過した。

 すると、取材クルーたちは反対側に駆け出した。私も左右を確認し、道路を渡って反対側から列車の後を追った。

 さて、列車の撮影は終わったので、今度は豊後森駅近くの扇形機関庫跡に向かった。駅前を通り、徒歩20分ほどで到着した。

 機関庫は、あちらこちらが朽ち果てていた。まるで、古代ギリシャの遺跡を見ているようだった。言わば、“現代遺跡”と呼ぶべきものだろう。地元では、この機関庫に関連し、鉄道の町としてアピールしている。ぜひ成功して欲しいものだ。

 駅に戻り、14:46発の特急「ゆふ」に乗り込んだ。

 特急というのは名ばかりで、列車はゆっくりと谷に沿って走った。往路で降りた夜明駅では、さっきのブルトレが停まっていて、多くの人が撮影していた。

 15:27、うきは駅に到着した。ここで列車を降りたのだが、行き違いをするそうなので、跨線橋から撮影することにした。やって来たのは、キハ72系特急「ゆふいんの森」だった。

 用を済ませ、改札口で下車印を押してもらった。「豊後森→佐賀」というきっぷを見て、「ブルトレを撮りに行ったの?」と駅員さんが言った。私が「そうです。さっきも夜明に停まっていました」と言うと、駅員さんはにっこり笑って「そうなの」。親切だったり、話の好きな駅員さんに旅先で会うと、結構気持ち良いものだ。

 うきは駅の駅舎は、木造だった。玄関のところに取り付けてあった銘板によると、1931年(昭和6年)に建てられたようだ。つまり、開業時(当時は筑後千足駅)の駅舎が残っているということになる。

 15:53発の久留米行きに乗車。ちょうどボックスが空いていたので、そこに座った。だが、旅の疲れが出てきて、結局久留米に着くまでの大半の時間を寝て過ごした。

 久留米駅では、赤間行きの各駅停車に乗り換え。813+811系の7両編成だった。811系の方に座ったが、途中、肥前旭駅だけに停まって、すぐに鳥栖駅に到着した。

 鳥栖駅で、長崎行きの817系2連に乗り換えた。発車まで時間があったので、ボックスがちょうど空いていた。そして、佐賀駅には17:26に到着した。

 2週連続で遠出するのはどうかな、と最初は迷っていたが、思い切って撮影に出かけて良かった。もしできることなら、あの24系編成を「ミステリートレイン」のような形で残してくれたら良いと思う。確か、JR西日本では「あさかぜ」廃止後に、使われていた編成を使って快速列車が運行されていた記憶がある。ローカル線の元気づけのためにも、こうした取り組みの継続が望まれる。  

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