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B諏訪峡、夏紀行

管理人は、“文化部のインターハイ”と呼ばれる全国高等学校総合文化祭に佐賀県代表として参加しました。

2008年(平成20年)8月7日(木)

 旅行2日目。6時頃に目が覚めた。この日は、私にとって一番楽しみな撮影会の日である。撮影会は、群馬県北部のみなかみ町で2箇所に分かれて行われる。この2箇所というのは、谷川岳の麓にある「A.一ノ倉沢コース」と水上の温泉街や利根川の渓流が含まれる「B.諏訪峡コース」である。事前に希望を聞くアンケートが送付されてきた。どちらが良いか悩んでいたら、何と「諏訪峡」にはJR上越線が通っているではないか!しかも、Yahoo!の地図情報にある航空写真で確認したところ、諏訪峡大橋からちょうど良く列車が撮影できそうなのだ。残念ながら、SL快速「みなかみ号」は走らないようだが、115系や185系が撮影できるので、諏訪峡コースを選択した。infinity_fateも同様である。ただ、今回撮影した写真がこの大会で審査されるというわけではなく、ただ「自分勝手に撮って下さい」というものである。昨日の作品集事件をまだ引きずっていたので、やはりモチベーションが上がらなかった。

 「めざましテレビ」を見ながらカメラや必需品の準備をした。7時からラウンジで朝食が無料でサービスされるので、2階に下りた。既に何人かの宿泊客がいて、総合文化祭に参加していると思われる制服姿も見受けられた。朝食には食パンやレーズンパン、スープ、ポテトサラダ、ジュースがあり、それぞれバイキング形式だった。「無料」に飛びついて食べ過ぎると後できつくなるが、食べないのもこれまたきついので、程よく食べ、7:20にホテルを出た。

 高崎駅を横切り、反対側のバス乗り場へ。ちょうど集合場所の高崎市文化会館方面に向かう「群馬中央バス」が停まっていたので、それに乗った。集合場所は、文化会館の駐車場で、既に多くのバスがスタンバイしていた。昨日問題になった参加申し込みの紙を係りの方に渡し、顧問の先生は体調不良で来ないことを告げた。ここからは、両コースとも貸切の無料バスで移動する。外を歩き回るので、バスに乗る際、「ポカリスエット」の配給が行われた。私が乗ったバスは4号車で、「新都市交通」という会社のものだった。結構新しそうな車両だった(写真は到着後撮影したもの)。

 バスは、しばらく片側2車線の大きな道路を走った後、関越自動車道に入った。よく晴れていて、絶好の撮影日和になりそうだ。バスはしばらく平野部を走った。その後、上り坂が次第に多くなり、車窓は濃い緑の山々が支配するようになった。

 水上インターチェンジを出てすぐの場所に、つり橋の諏訪峡大橋があった。バスはその手前にある交差点を左に曲がり、水上の温泉街方面へ向かった。2、3分行ったところで右折し、「みなかみ道の駅 水紀行館」の駐車場に入っていった(下の写真は、撮影会の終盤で撮影した入り口の様子)。  

 高崎から約1時間。全てのバスが到着したところで、各学校の顧問の先生たちが集められ、今日の大まかな流れの説明が主催者から行われた。私たちはあいにく顧問の先生が来ていないので、その様子を遠巻きに眺めていた。説明が終了し、撮影会がスタートした。撮影会の時間は13:30までで、14:30までの間に高崎へ戻る無料バスが出るという。それ以降に帰りの集合場所に到着した場合は、JR利用で戻る事になるという。この場合は実費負担となるため、タダならJRも良いと私は考えたが、ここは出費重視でなるべく14:30までに戻るようにした。

 さて、鉄道を撮る為にこの「諏訪峡コース」を選んだのだが、駐車場の隅に早速静態保存された電気機関車「EF16−28号機」を発見した。参加者の一部も“面白いものがある”と思ったのか、何人かやって来て写真を撮り始めた。

 そばにこの機関車の由来が書かれた看板があり、それによると最初はEF15−31号機として敗戦間もない1947年(昭和22年)9月30日に製造された。10年後の1957年(昭和32年)に改造を受けてEF16−28号機になり、1981年(昭和56年)12月1日をもって廃車となっている。現在ここに設置されたのは、上越線開通50周年を記念した事業の一環であるという。看板をよく見ると、「管理者 水上町観光課 昭和57年5月」とあるので、廃車から約半年後には展示されたことになる。所属は長岡第二機関区と水上機関区だったようで、おそらく峠越えで活躍したのだろう。

 展示場所のすぐそばには利根川が流れていて、その手前で途切れたレールを見ると、何だか廃線跡に来たような気分だった。

 さて、取り敢えず「水紀行館」の敷地を出ることにした。私の目的は、JR上越線の電車を撮ることなので、まず諏訪峡大橋の方に向かった。infinity_fateも一応付いてきた。幹線道路沿いに進んでいくと、歩道のわきにきれいなマリーゴールドが植えられていた。そこで気になったのが後ろの看板。さりげなく立っているが、書かれている内容には「俺たちが育てています」という気迫のあるものが……。少しでも荒らしたらただじゃおかない。そんな威圧感も感じるが、逆に防犯効果も狙っているのかもしれない。

 諏訪峡大橋に到着した。近くで見ると、かなり大きな橋である。

 橋の下は利根川が流れていて、ごつごつした岩が川の水に洗われ、波しぶきを上げていた。そう言えば、昨日の講演会で講師の先生が仰っていたが、利根川の源流は湧き水ではなく、雪解け水が主なのだという。

 JR上越線は、この橋を半分以上渡った反対側にある。事前にリサーチした結果、ちょうど良く115系が来た……ものの、タイミングが合わず小さく写ってしまった。それにしても、何という絶景!1日張り付いても飽きることはなかろう(実際、撮影会終了までのほとんどの時間を、この近辺で過ごした)。

 しばらくすると、先ほどの115系が水上駅で折り返して東京方面・上り線を通っていった。山の陰になって何ともイマイチ。実は、先ほどの写真は下り線を走っている様子で、上り線は上の写真右側の地下を通っている。

 今度は185系特急「水上」がやって来たが、こちらも上手く合わず、編成途中で切れてしまった。ちなみに、重なるようにして奥まで続く山々の一番後ろが、おいしい水で有名な谷川岳だという。

 しばらく撮影できる上り電車は来ないので、近辺をうろつくことにした。infinity_fateは、「ちょっと行ってくる」と言ったまま、どこかへ行ってしまった。ちょろっと歩いていると、ひまわりの夫婦が「いらっしゃませ」の看板とともに出迎えてくれた。

左手にそれる遊歩道があって、高校生スタッフがいた。どうやら下のほうに行けるらしい。少し進むと、川の流れる音が聞こえてきた。ひんやりした空気が何とも気持ち良い。途中にトンネルがあったが、もはやエアコンなど不要な、天然の冷蔵庫みたいな場所だった。

 杉林の中をさらに進む。利根川も木々の間から見え隠れした。

 つり橋があった。木とロープだけでできた、結構本格的なものだ。

 橋のそばには「5人以上同時に渡らないでください」との注意書きが……。幸い、私以外に渡る人はいなかったので、難なく渡れた。橋の真ん中から北に目をやると、利根川と美しい山々がでっかく構えていた。

 対岸には、与謝野晶子の歌碑があった。与謝野晶子も、ここを訪れたことがあるのだろうか。その歌碑を、一生懸命登るバッタに出会った。まさに夏真っ盛り。生き物たちが精一杯生きていた。

C諏訪峡の午後  

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