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B下見と、試験、試験の3日間

管理人は、東京都内で私立大学の受験を行うため、寝台特急「はやぶさ」で東京まで往復しました。

   さて、今回私が受験する会場は、両国、池袋、そして西神田にある。当日、遅刻して受験できないのはもったいない。必ず試験会場までの経路を確認しておく必要がある。まず、明日受験する両国の会場へ向かうことにした。山手線に乗って御徒町駅へ。そして都営地下鉄大江戸線に乗り換え、約5分の乗車で両国駅に到着した。

 両国駅の改札口では、明らかに変人と分かる服装のじいさんが、駅員と何やらもめていた。じいさんの声があまりにも大きいため、地下全体に響き渡っていた。本当に変な人が多い。

 出口に向かって歩いていると、男性が通路で弦楽器を演奏していた。東京都の公認で弾いているらしい。その周りには、道行く人が足を止め、その音色に聞き入っていた。やはりたくさんのコンサートホールや美術館がある首都圏在住の方には、文化的活動に理解や関心のある人が多いようだ。

 出口からすぐのところに、会場となる大きなビルがあった。中には入れないので、確認は終了。江戸東京博物館のそばを通り、今度はJRで移動することにした。

 秋葉原駅で山手線に乗り換え、上野駅へ。上野駅構内にあるラーメン店「一蘭」で昼食をとることにした。福岡市に本部がある一蘭は、最近首都圏や大阪にも出店し、その勢いはラーメン業界ナンバーワンという。ただ、物価の高い東京にあるためか、ここの一蘭は、福岡の店より200円ほど高かった。

 続いて西神田の会場へ。ここは、最終日の7日に受験する場所だ。ただ、その前に交通博物館の跡を見たくて、一旦秋葉原駅に戻った。秋葉原駅から徒歩4分。万世橋を渡って、中央線の下を通ったすぐの場所に交通博物館跡はあった。別館は、壊されていたが、本館はまだ当時の原型をとどめていた。不思議なことに、屋内は電気が灯っていて、何か作業をしているようだった。この建物は、何に使われるのだろうか。もう取り壊される運命を待つだけなのだろうか……。

 今度は徒歩で御茶ノ水駅に向かう。レンガの高架橋沿いに進み、駅前に出た。ふと道路わきの看板を見ると、「↑湯島聖堂」とある。湯島聖堂と言えば、受験生の合格祈願で知られる。早速、聖橋を渡って行ってみた。

 門をくぐると、大きな聖堂(大成殿)があった。だが、受験シーズンにしては参拝客が少なく、私の他にはちらほら見受けられるくらいだった。ちなみに、建物のそばに置かれている奇妙な物体は、東京大学の学生が作ったものだという。

 御茶ノ水駅から中央・総武緩行線に乗って水道橋駅へ。地図を頼りに西神田の会場へ向かう。だが、なかなか見えてこない。20分ほど歩いてようやく辿りつけた。徒歩20分だと、何かアクシデントがあったら大変だな……、と思い、一旦地下鉄で日暮里まで戻ってみることにした。

 最寄りの東西線九段下駅は案外近く、会場から5分ほどで着いた。そこから大手町駅まで乗り、千代田線で西日暮里駅へ。ここから日暮里駅までは、山手線で1駅だ。ただ、若干遠まわりであるような気がした。いろいろ考えてみた結果、当日はJRで日暮里から飯田橋まで行き、東西線で九段下へ至る行程に決めた。

 さて、西日暮里からどうやって帰ろうか……徒歩にしようか山手線にしようか、と思っていたら、2008年(平成20年)に開業したばかりの「日暮里・舎人ライナー」という選択肢があった。運賃は高そうだが、せっかくなので日暮里駅まで乗ることにした。

 Suicaで入場し、ホームへ。ホームには、転落防止のホームドアが完備されていた。雰囲気が何となくお台場を走る「ゆりかもめ」と似ていた。ただ、車両そのものをここで撮影するのは難しそうだ。

 間もなく、日暮里行きの列車が入ってきた。チョロQをつないだような短い編成だった。ただ、夕方にしては乗る人が少なく、座席にも座ることができた。日暮里駅に着いて、折り返しの列車を撮影してから駅を出た。

 さて、ここからは最後の下見に出掛けるため、山手線に乗って池袋へ。すぐに内回りのE231系が入って来た。今までの試験会場とは違い、日暮里から乗り換えなしで行けるという点で楽である。

 池袋駅のから少し歩いたところに会場があった。もちろん、試験会場には入ることができないので、門のところで引き返した。JR線から若干離れているが、日暮里から30分以内で到着できそうだ。

 再び山手線で日暮里駅まで戻った。夕食は何にしようかと考えていたら、某ハンバーガーショップの看板を発見した。だが、実際に店の前に行ってみると、リニューアル工事中。しかし、なぜか看板には電気が灯っていた。紛らわしい……。やむを得ず近くのコンビニで弁当を買った。

 ホテルのフロントでチェックインし、3泊分の宿泊代を払って部屋へ。既に預けた荷物は運びこまれていた。やっと一息ついたところで自宅に電話をかけ、そしてこの旅行記にたびたび登場しているinfinity_fateにメールした。infinity_fateは、3月から東京に引っ越すことになっているので、全て東京の大学を受験するという。そのため、この翌日から私と同じく受験で東京に出てくることになっている。今回は、なぜかinfinity_fateのお母様も同伴という。というわけで、私が「東京にいる間、何かおごってくださいよ〜」という趣旨のメールを出してみたら、意外なことに「考えとく」という返事が来た。これは脈ありということか。楽しみに次なる返事が来るのを待った。

 食事をとり、少々テレビを見て、ユニットバスに浸かり、日付が変わるころに就寝した。明日は早い。夜更かしして試験時間に頭が働かないより、早めに寝てすっきりした状態で受けるのが一番だ。単語をいくつか覚えるためだけに長く起きておくよりも。

2009年(平成21年)2月5日(木)

 6:30。頼んでおいたモーニングコールで目が覚めた。朝食を食べ、9時前にホテルを出た。昨日確認した経路通りに両国の会場へ。ちょうど良い時間に到着した。試験は、国語、英語、世界史(選択)の3教科。全部受けてみたが、やはり英語がとんでもなく難しい。国語はそこそこ……。ところが、世界史はびっくりするくらい簡単だった。だが、世界史を含めた選択科目は、他の日本史や現代社会の間で得点調整が行われる。当然、世界史選択者の平均点は高いはずなので、おそらく後で点数を下げられることになるだろう。残念!

 試験が終わると、もと来た通りに日暮里へ。だが、なぜか昨日ある意味で騙されたハンバーガーを食べたくて、西日暮里駅まで乗り、同駅前にある店舗で買って帰った。買ったのは、一部の都道府県しか売られていないセットだった。

 ホテルに戻ってしばらく休み、infinity_fateに例の件に関してメールを出してみた。すると、何と彼のお母様がおごってくれるのだという。これはびっくり。明日は池袋で試験があるので、いろいろ日程を調整した結果、明日6日の18:30に、infinity_fateのホテルに近いJR大崎駅で待ち合わせということになった。

2009年(平成21年)2月6日(金)

 この日は8:30頃ホテルを出た。池袋駅手前で電車が信号停車した以外は難なく池袋に到着した。ところが、JRの改札を出て少し行ったところから長い列が。何の団体かと思っていたら、何と私が今日受ける大学の受験生だった。あまりにも人数が多いため、列を作って大学まで向かうようだ。地下道の中も列ができていて、しかもゆっくり進む。時間に余裕を持たせていたが、結局30分ほどかかってようやく会場に到着できた。

 今日も、受験する教科は国語と英語、それに世界史。全体的に難しかった。私立大学は、しばしば教科書の内容から脱線した問題も出すので、一般にセンター試験より難しい。しかし、センター試験も問題資源の枯渇を理由に、教科書の範囲外から問題を出すようになってきているため、批判が出ている。ちなみに、私がいた大部屋の会場には、金髪の外国人試験官もいて、「スミマセン」などと日本語も話していた。試験官までできるほどだから、日本語が全般に達者なのだろう。

 試験は16時頃終了した。大混雑を避けるため、各試験室ごとに時間差で解散となった。それでも門を出るまで時間がかかった。門の周りでは、何とどこかの塾が早くも世界史の解答速報を配っていて、気になったのでもらった。記憶を頼りに答えを見てみるが、点数としては8割前後くらい……。世界史くらいしか得意科目がないので、これで落とすと痛い。8割以上取れていますように……などと、終わったことに対して、心の中で密かに祈った。

 さて、一旦日暮里のホテルまで戻り、17:30に出発した。これからinfinity_fateとの待ち合わせ場所である大崎駅に向かうのだが、せっかくなので「はやぶさ・富士」の撮影を東京駅で行うことにしている。山手線より、並行する京浜東北線の方が空いていたので、こちらに乗った。夕方なのに、座ることもできた。途中の神田で、おばあさんが2人乗って来た。「席が空いてないねぇ。どうしよう」と困った様子だった。荷物もかなり多い様子だったので、私は「ここどうぞ。次で降りますから」と席を譲った。すると、隣に座っていた女性も「どうぞ」と言って席を立った。ちょうど2人分の座席が空いた。おばあさん2人は「申し訳ないね。本当に申し訳ない、申し訳ない」と、「申し訳ない」を何度も言って座った。こう言われると、何とも気持ちが良いものである。席を譲って良かったという気持ちになれる。

 東京駅10番ホームには、既に列車が到着しており、発車を待っている段階だった。金曜日の夕方だったが、大勢のファンが集まっており、発車間際になると、やはり先頭車付近が混雑し始めた。それを見越してか、機関車の周りにはロープが張られ、立ち入りが制限されていた。危険なことをする不届き者がいたのだろう。

 重量感のある機関車EF66形。側面のサボには、「下関」の「関」と、寝台特急を表す流れ星の札が入っていた。EF66形にとって、これはまさに「勲章」と呼べるものだろう。

寝台特急「はやぶさ・富士」は、多くの人々に見送られながら、定刻に東京駅を発車した。

 さて、続いては大崎駅へ。山手線の最後尾車両は結構空いていて、席に座れた。大崎駅に着き、指定された出口へ向かう。だが、infinity_fateの姿は見えない。携帯電話で私が今いる場所を伝えると、すぐにやって来た。レストラン街は、大崎駅の隣にある建物の中にあるという。その建物の入り口でinfinity_fateのお母様と会った。会うのは2回目で、前回は群馬総文の帰りに佐賀空港で会った時だ。「今日はお世話になります」と言い、2人に付いて行く。レストラン街をぐるぐる回った後、最終的にステーキ専門の某有名店に決まった。だが、高い!安くても1人2000円くらい。「これを頼んでもいいんですか?」とお母様に尋ねてみたところ、「別にいいわよ」。正直、私はこんな豪華なところに来たこともなく、ウエイターが注文を取りに来ても、肉の焼け具合を何と言って良いのか分からず、infinity_fateが言ったのを真似して「ミディアムレアを」と頼んだ。infinity_fate一家は海外に住んでいた経験もあり、こんな場所は慣れっこのようだ。

 しばらくして、ジュウジュウに焼けたステーキや、ビーフシチューが運ばれてきた。これまた初めて見る豪華な盛り付けで、食べるのが非常にもったいないような気がした。シチューの中に入っていた肉なんて、口に入れたらとろけてしまった。これが本物の「とろける肉」というものなのだろう。フォークやナイフの使い方も覚束ないまま、取り敢えず全部食べた。それにしても美味かった……。ここまでおいしいものを頂けたのだから、せめて明日の試験だけは何としても成功せねばならない。また、私の話すことがそんなにおかしかったのか、infinity_fateのお母様は「あなた、本当に面白いわね」と終始くすくす笑っていた。

 その後、1階にあるスーパーに連れられて行き、翌朝食べるための弁当や、飲み物を買った。買い物をしていると、JRの制服を着た人が3人ほどやって来た。腕章を見れば、光り輝く「運転士」!ここは大崎駅前。近くに山手線の車両基地がある。このスーパーは、運転士御用達の店なのだろう。

 infinity_fateのお母様は、「後はごゆっくり……」と言って、ホテルの部屋へ。私とinfinity_fateはしばらく入試や東京の話題で盛り上がった後、21:15頃、大崎駅の改札で別れた。もちろん、帰りもSuicaを使ったのだが、タッチが悪かったらしく、周りに大勢の人がいる前で自動改札機がバタンと閉まってしまった。

 大崎から日暮里までは、内回りでも外回りでも、そう大して所要時間が変わらないので、外回りで帰ることにした。ラッシュの時間帯はとうに過ぎていたので、席に座れた。だが、やはり渋谷や新宿の前後では、一時的に乗客の数が増えた。

 ホテルに着いたのは、22時前。明日は最終日。試験が終われば、そのまま東京駅へ直行して「はやぶさ」で帰ることになっている。そう言えば、このホテル自慢の温泉に入っていなかった。大浴場で湯に浸かると、全身から疲れが取れていくような気がした。やはりユニットバスより断然良い。ちなみに、この温泉は地元の公的機関から本物の温泉であると証明されており、その証書が脱衣場に飾られていた。

 勉強はそこそこに、疲れを溜めすぎないよう早めに寝た。それにしても、素晴らしい夜だったなぁ。

C疲れてるけど、最後だし……   

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