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@初めてのN700系、久しぶりの京都

管理人は、京都市内の大学へ進学することになり、アパートを探すため、京都まで旅行しました。

 2月中旬は、ドキドキの毎日だった。連日、私立大学の合格発表が行われたからだ。合格した学校もあれば、残念な結果になったところもあった。ただ、幸いなことに、志望の高かった京都市内の大学に合格していたので、それは本当に嬉しかった。国公立大学の試験も残っていたが、もともと私大志望だったので、これで進学先がほぼ確定した(この時点では、ほんのわずかだけ比較的学費の安い国立大学も良いかな……という気もしていた)。

 となれば、アパート探しに行かねばならない。早めに行かないと良い物件を確保できないかもしれないので、2月27日から1泊2日で旅行することにした。少しでも安く行こうと、JR九州旅行が発売している新幹線とホテルがセットになった商品を使った。

2009年(平成21年)2月27日(金)

   この日は、朝5:30に起床した。国立大学の試験が終わって2日後で、疲れが完全に取れていない上に、風邪気味というあまり良くないコンディションの中、旅は幕を開けた。6時頃自宅を出て佐賀駅へ。今回は、もし良い物件が見つかれば契約することにしていたので、父も同行した。

 6:30発の特急「かもめ」に乗って博多駅まで行き、新幹線ホームへ。指定列車は、「のぞみ8号」東京行き。時刻表によれば、N700系が充当される。車内で食べようと飲み物やパンを買いに行っていた間に、「のぞみ」は入線していた。やはり車両はN700系。N700系に乗るのは、これが初めてである。

 父は既に指定席で待っていた。空席が目立つ中、「のぞみ8号」は定刻の7:30に博多駅を発車した。列車はぐんぐん加速して行く。間もなく、「AMBITIOUS JAPAN!」のメロディとともに、車内放送が始まった。ということは、この編成はJR東海所属である。

 本州に入ってしばらくすると、雨が降り出した。もともとあまり良い天気ではなかったが、雨の中でアパートを探すとなれば大変だ。途中の新山口や広島、岡山あたりから乗客が次々に乗ってきて、ほぼ満席となった。乗車して2時間足らずで、既に兵庫県内に入っていた。

 10:14、列車は京都駅に到着した。京都は2年ぶりであり、新幹線で来たのはこれが初めてである。ここでは、山陰本線(JR嵯峨野線)に乗り換えとなる。山陰本線発着のホームには、221系が発車を待っていた。

 221系は、京都駅を発車すると、丹波口、二条に停まり、円町駅に到着した。円町の読みは「えんまち」なのだが、私は京都に来る数日前まで「まるまち」と呼んでいた。もしかすると、「丸太町」と混同していたのかもしれない。実際、円町駅前には丸太町通りがある。

 近くのバス停からバスに乗った。京都市営バスが来るのかと思っていたら、JRバスがやって来た。道路標識を見ると、「金閣寺」や「等持院」といった寺の名前が書かれていて、京都に来たことを実感した。

 大学前のバス停に着いた。これから、大学生活協同組合(大学生協)の「住まいさがしセンター」に行き、アパートの紹介を受けることにしている。ちなみに、明日は、大学が出資している別のアパート斡旋会社でも探すことにしているが、今日中に良い物件が見つかったら、明日はフリータイムということになっている。なので、なるべく早く決めねば。

 「住まいさがしセンター」は、時計台のある建物の地下にあった。事前に電話していたので、すぐに対応してもらえた。まず、学生アルバイトと思われる方に家賃やインターネット環境に関する要望を伝えた。しばらくして、私の希望に合致する物件が載った紙を差し出され、最終的に2か所まで絞り込んだ。大学生協の方が自動車でその物件まで連れて行ってくれるそうなので、2つの中で少し家賃が安い方のアパートを見に行くことにした。車は、石庭で有名な龍安寺のそばを通って、アパートのそばまで到着した。だが、運転手のおっちゃんにどんな意図があったのか分からないが、Uターンしたり、なぜか近くの路地に入りこんだりと、意味不明な運転を繰り返した。車を降り、やっとアパートの敷地に入れた。う〜ん、何か危なかった。

 アパートは2階建てで、現在空いている部屋に案内してもらった。一番東側の部屋で、日当たりも良く、部屋そのものは悪くなかった。しかし、横が「きぬかけの路」という観光道路だけにバスや乗用車の騒音がうるさかった。生協のおっちゃんが言うには、夜になると静かになるということだったが、朝寝坊したい休みの日はちょっと困る。取り敢えず大学まで戻ることになった。

 大学に戻った後、もう1か所の物件を見るべく、生協で見学の手配をしてもらった。こちらも乗用車で連れて行ってもらえるそうだが、今度はアパートの管理会社が直々に来てくれるのだという。ただ、他のお客さんが現在利用しているので、あと1時間ほど待って欲しいと言われた。ちょうどお昼時だったので、近くにある「なか卯」で昼飯を食べ、大学内の指定されたロータリーでお迎えが来るのを待った。

 10分くらいして、管理会社の名前が入った軽自動車が入って来た。一旦、先に利用したお客さんを降ろした後、私たちの方へやって来た。運転手が外に出てきて、私たちに挨拶した。今度は女性で、しかも菅野美穂に何となく似ていた。後部座席に乗り、出発。アパートへ行く途中に踏切があった。後で調べると、京福電車が走っていることが分かった。

 細い路地をぐねぐねと曲がってアパートの前に到着した。先ほどと同じように空いた部屋へ案内してもらった。部屋は1階だった。実際に入居する時は、隣室になるそうだが、まだ入居者がいるので、中は見られないという。思った以上に広く、天井が高かった。台所とメインの部屋は、分かれていた。ユニットバスだが、1人で入る分には問題なさそうだ。また、押入れのサイズがとても大きく、物を置く場所が三段になっていた。南側に小さなベランダがあるし、日当たりも問題ない。そして、先ほどのアパートと大きく違うのは、とても静かであるという点だ。インターネットは光ファイバーだし、利用料金は家賃の中に組み込まれている。私の希望をほぼ満たしているアパートだった。実は、私たちが乗る前に降りたお客さんもこのアパートに目星をつけているらしい。それなら、もはや決断するしかない。「このアパートにします」。2件目で早くも住居が決まった。

 車に乗って、大学へ。途中には、大きな門を構えたお寺があった。学校も多いらしく、制服を着た高校生や中学生をあちらこちらで見かけた。京福電車もちらっと見ることができた。

 生協でアパートが決まったという旨を伝え、早速契約することになった。幸い、先のお客さんにまだ取られておらず、確保に成功した。佐賀の住所を書いたり、生協や保険加入の手続きをしたりするのは学生アルバイトの方が応対してくれたが、アパートに関して詳しい説明を行う責任者の方が1人しかいないらしく、しばらく待たされた。近くに並べてあった新生活用のパソコンやその他家電製品を見ながら時間を潰し、責任者の方がやって来て、ようやく説明が開始された。電気、ガス、水道などの説明から、詳しい住所、大家さんの名前など、細かく説明された。いずれも普段の日常生活を営む上では問題なかった。「仲介料」の1万数千円を払い、一応第一段階の契約作業は終了した。後は、アパートの管理会社及び大家さんとの間で契約や書類の記入を行うことになるという。

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