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@どうしても撮りたかった

2009年(平成21年)3月13日に始発駅を発車した列車が最後となった「はやぶさ・富士」。しかし、私は本州を走るきれいな姿を停車駅以外で撮影したことがありませんでした。3月14日、私は早起きして、最初で最後の“走る本州版「はやぶさ・富士」”を撮影しに出かけました。

 2009年(平成21年)3月13日、最後の列車がそれぞれ東京駅と熊本・大分駅を発車した。「はやぶさ・富士」である。昭和、そして平成を引っ張ってきた夜汽車の終幕を見るべく、駅や沿線で多くの人々が別れを惜しんだ。

 その中に私もいた。初めて寝台特急に乗ったのは、2001年(平成13年)8月、「さくら」に乗って上京した時だ。まだ11歳だった。実質8年間ほどの付き合いの中で、私は何度も寝台特急に乗り、そして様々なところでその姿を写真に収めた。しかし、廃止が近づいたある日、いつか実行しようと思っていた「こと」をまだしていなかったことに気づいた。“走る本州版「はやぶさ・富士」”の撮影である。“停まっている(又は停車駅に入線する)本州版「はやぶさ・富士」”の撮影は、東京駅や下関駅で行っていたが、それ以外の場所ではなかった。佐賀市に住んでいるという関係で、早起きして本州まで出かけても、せいぜい行けるのは下関の少し先までであり、しかも早起きは嫌いなので、なかなか実行できずにいた。言い訳っぽくなったが、さすがにもう二度と撮影できないとなれば、どんなに体がきつくても行くしかない。私は寝る前に携帯電話の目覚ましを4:30〜5:00まで5分おきにセットして準備した。二度寝防止のためである。

2009年(平成21年)3月14日(土)

   予定通り起床し、佐賀駅へ。土曜日なので、若者限定の割引特典カード「ナイスゴーイングカード」が使用できる。どこまで行くか分からないが、取り敢えず下関までの往復乗車券を買った。往復とも4割引なので、乗車券は合わせて2900円。通常は片道2450円であることを考えると、破格の値段と言える。さらに博多→小倉間の自由席特急券も買った。こちらは、特例区間なので特急料金は500円だが、これにも割引が適用され300円になった。

 ホームに行き、始発の上り電車を待った。今までの経験からして415系が来ると思っていたら、何と811系4両編成が入線した。今日は改正ダイヤの運行初日である。オールクロスシートの811系がやって来たのは、本当にラッキーだった。外はまだ暗かったが、鳥栖を出てしばらくすると空が明るくなってきた。

 そう言えば、当サイト「JR九州 あの駅、この駅」の「都府楼南駅」や「大野城駅」の写真が、以前からイマイチだと思っていたので、ちょっと思い立って大野城駅で下車することにした。確か、少し後に快速があるので、その後の接続は問題ないと判断し、実際に下車した。駅の時刻表を見ると、13分くらい時間があった。

 しかし、これがミスの始まりだった。外に出て駅舎の撮影を始めたが、日の出前でさらに曇っており、三脚は持っていないので、ブレブレの写真しか撮れなかった。もういいや、と思って駅に戻ろうとすると、上り線ホームに快速電車が入り、発車していった。何か変だ、と思って駅の時刻表を改めて見ると、「13分くらい時間がある」のは平日ダイヤで、休日は9分しか無かった。やってしまった痛恨ミス。欲張ってあれもこれもしてしまったツケなのだろう。これでは、「はやぶさ・富士」の撮影が下関であってもできない。取り敢えず行けるところまで行くことにした。

 次の各駅停車に乗り、博多駅で快速に乗り換えた。自由席特急券を持っていたが、ちょうど良い特急が無かったので、後で払い戻すことにした。席には座れた。博多駅を発車してしばらくすると、段々晴れてきた。福工大前駅を出たころ、マナーモードにしていた携帯電話が、突然バイブレーションを始めた。「誰だ?」と思ってみると、当サイトとリンクしていただいている、同級生のCT817さんだった。彼も「はやぶさ」の撮影に出かけるそうだが、重要な情報がここでもたらされた。

【「はやぶさ・富士」は、広島駅を1時間以上遅れて発車した】

 またか……と思った。昨日も最終の上り列車が先行列車の事故に巻き込まれ、遅れを出したばかりだったからである。その事故は、人が撥ねられるという悲惨なものだったらしく、前の晩は非常に複雑な気分だった。せめて下り列車だけでも、最後は定刻で到着して欲しい、と強く心の中で願っていたが、1時間以上遅れてしまっては、定刻まで回復させることができない。

 いや、待てよ。1時間遅れているのならば、下関より東京寄りの駅でも撮影できるのではないか?実は、ずっと前から新下関駅か長府駅を撮影ポイントとして狙っていたので、どちらかの駅に向かうことにした。Yahoo!の「地図」にある「航空写真」で見た結果と、佐賀から何とか行けそうなところを考慮して、この2点を選んだのである。今日は、時間的に下関駅まで行くのが限界だったので、同駅で撮影することにしていたが、CT817さんの情報によると、長府駅が良いということだったので、そこまで行ってみることにした。

 乗り換え、乗り換えの連続で、ようやく下関行きの電車に乗った。車内で下関→長府間の片道乗車券190円を発券してもらった。下関に着くころには、青空が広がっていた。駅ホームには、既に大勢のファンが詰めかけ、「はやぶさ・富士」の到着を待っていた。私は、新山口行きの117系に乗り換えた。15分ほどで長府駅に到着した。意外なことに、長府駅はガランとしていた。私や、同じ電車から降りた2人の計3名が一番乗りだった。

 早速、構図を考えた。直線で、障害物は何もない。きれいに編成が撮れそうだ。しかし、寒い……。1時間の遅れだと仮定すれば、長府駅を通過するのは、9:25頃。まだ20分以上ある。何もすることがなくなってしまったので、隣にいた40代くらいの男性に話しかけてみた。話しているうちに、その男性は小さいころに佐賀市で育ち、しかも育った場所が、今私が住んでいる所の隣町であることが分かった。今は福岡市に住んでいるそうだが、偶然というものは本当に恐ろしい。その男性から旧国鉄佐賀線や、そこを走っていた蒸気機関車の9600形についていろいろ話してもらった。他にも、「まだあの“主婦の店”ってあるの?」などと、今の佐賀の街についても聞かれた。

 しばらくすると、その男性が私に「すみませんが、この荷物を見ておいてくれませんか?ちょっと行ってきますので」と言って、どこかへ行ってしまった。トイレなのだろうか、と思っていると、その男性は、5分くらいして戻って来られ、「はい、どうぞ」と私に温かいココアの缶飲料を差し出した。最初、私は何のことか分からなかったが、その男性は「寒いだろうから」と、私に買ってきてくれたのだ。同じ佐賀出身者ということなのかもしれないが、本当に嬉しかった。ココアが、とても温かかった。私は何度もお礼を言った。

 次第に長府駅にも撮影者が増えてきた。小さな女の子を連れてきたお父さんもいて、総勢10人ほどになった。しかし、「はやぶさ・富士」はなかなかやって来ない。駅員さんがやって来た。「今、列車(はやぶさ・富士)は、1時間50分遅れで徳山駅を発車したようです。危ないですから、線路に降りないで下さいね」と、駅員さん。駅員さんが帰ってから、私も男性も、「長府駅って本当に親切ですよね。遅れまで教えてくれて」と、駅員さんの心遣いに感謝した。ちなみに、駅員さんは後でもう1回やって来て、やはり“新鮮な情報”を私たちに知らせて、戻っていった。

 待っている間にも、下り列車が何本かやって来た。ちょうど良い練習になるので、本番のつもりでシャッターを切った。各駅停車よりも、駅を「はやぶさ・富士」と同様に通過する貨物列車の方が参考になるので、こちらをより注意して撮影した。男性も仰っていたが、いろいろな列車がやって来た。ただ、再び曇ってきたのは残念だったが……。

 

 

 ただ、微妙な改造の115系もやって来た。せっかく先頭車を増設したのなら、もっと格好の良いデザインにすれば良いと思う。せっかくなら。もちろん、もとの115系の顔は丸っこくて優しそうに見えるので、私は好きだが、食パンのようにスパッと切られた顔には、もっと別な顔があっても良いと思う。  

   「みすゞ潮騒」のキハ47形が上り線を通過した。今日は運転日だったはず。「どこへ行くのでしょうか」と、男性と話していたら、そばにいた別の男性が「(始発駅である)新下関駅に折り返すための設備がないので、一旦小月駅まで回送してから戻って行くみたいですよ」と教えてくれた。私の心の中では「78へぇ」(もはや死語?)。しかしながら、「こだま」の停車が中心の新下関駅よりも、全新幹線が停まる小倉駅まで延伸した方が良いような気がする。ただ、本当はそうしたいのだろうけれども、経営する会社が違うので、車両使用料の発生を嫌ったのだろうと思う。

 10時を過ぎた。駅員さんの情報によれば、もうそろそろやってくる頃だ。今まで雑談していた人も、一気に撮影モードに入った。曇りの状況は変わらず、少し残念ではあったが、これが晴れていると逆光になってしまう。何とも難しいところだ。そして、10:15頃、近くの踏切が鳴りだし、駅の自動放送が通過列車の案内を告げた。遠くにライトが見えた。ついに、“本命”がやって来たのである。  

A「はやぶさ・富士」を追いかけろ

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